2012年5月8日火曜日

義妹のためのアルバム作り

ブログのタイトル通り僕は忘れっぽいので、忘れない為にも臨床のことを書き綴っていこうと思います。

Aさんとの出逢いは僕の元職場の通所リハでした。

Aさんは義妹と共に2人で暮らしており、一緒に通所リハに通っていました。

Aさんが嫁いでからずっと2人は一緒で、本当の姉妹のようでした。

仕事は一家で商店を営んでいました。Aさんの旦那さんが亡くなってからもずっと2人で店を守ってきました。

年齢の関係で店を閉め、これから義妹と共に余生を楽しもうとしている矢先、義妹が進行性の難病と診断されました。自分も整形疾患を抱えながらも少しずつ機能低下していく妹の介護をしていました。

2人が通所リハを利用されて1年くらい経った頃、Aさんは脳血管障害を患い右片麻痺となりました。

麻痺は軽度だったのですが、それまでAさんが役割(Aさんにとっていきがいでした)としてもっていた義妹の介護が出来なくなりました。

毎朝義妹の為に水を飲ませてあげることはかろうじて行っていましたが、それまで義妹の身辺動作の大半を介助していたAさんには、水を飲ませるということだけでは役割として満足できませんでした。

僕はAさんと話し、義妹の為の料理作りを練習していましたが、そのうちに義妹の状態はどんどん悪化していきました。

日に日に固形のものを食べられなくなる義妹を目の当たりにして、Aさんは自分の役割は無くなったと感じていました。

Aさんは僕に「もう義妹はご飯も食べられなくなってる。私は何もできない。毎日悩んで眠れない。」と話されました。

僕はAさんにしかできないことがあると思いながらも、何も提案できずAさんと共に悩みました。

師匠やスタッフに相談していく中で、義妹の為に想い出のアルバム作りをしてはどうかという案がうまれました。誰かの為に何かをしてあげるのがいきがいな、Aさんらしさを考えた上での提案でした。

Aさんに話すと「それはいいね!やろう!」と言ってくれたので、Aさんと姪っ子さんにお願いして昔の写真を持ってきてもらいました。


Aさんは「きっと義妹が喜ぶはずよ」と話しながら、義妹の為に一生懸命アルバムを作成しました。

義妹の容態は悪化し、ゆっくり2人でアルバムを眺めることは出来ませんでしたが、Aさんは「喜んでくれた」と話されていました。

Aさんに再評価でとったOSAーⅡの結果、作業同一性、作業有能性共に改善していました。

作業の形は変化しても作業の意味が満たされているならば、自分らしさを感じられるのだと教わった事例でした。

何の為に、誰の為にやりたいのかを共有する中で何をやるのかは見えてくるのだと思います。琉球OTさん、tomoriさんのブログを拝見して尚更強く思いました。

2012年4月16日月曜日

学生の質問:急性期で作業に焦点を当てられるか?

先日、長期実習を控えた4年生から質問されました。

「臨床推論実習で作業に焦点を当てた作業療法を学びました。魅力を感じました。でも次に実習へ行くところが急性期の病院なので、作業に焦点を当てた介入は難しいと思います。急性期でも作業に焦点を当てて作業療法を行えるんですか?」

い~~~い質問ですね♪学生のうちからしっかり考えられることが素晴らしい!

僕の同級生からもそんな質問というか悩みを聞いたことがあります。

この学生さんにも同級生にも僕は同じように答えました。

僕はいわゆる維持期という分野でしか働いていません。

そこで出会う利用者さんの多くは、僕が初回面接で作業ニーズを聴取しようとしたときに「やりたいこととか、急に聞かれても出てこない。リハビリ(機能訓練)がして欲しい。」と話されました。今まであまり聞かれたことが無いという方が多かったのです。

急性期、回復期と当たり前のように機能訓練とセルフケアの練習に取り組んできた方が、維持期に来ていきなり「やりたいことはなんですか?」と聞かれても出てくるはずがないですよね。そりゃそうだなと思いました。

だから、多くは作業療法の説明、健康とは何か?ということをお話しすることから始めていました。

理解してご自分の作業に焦点を当てられるようになる方もおられますが、今まで行ってきた機能訓練がリハビリテーションだという概念から抜け出せない方も少なからずおられます。

急性期、回復期の機能訓練・セルフケアの練習はすごく大切だということはわかっています。回復する時期には回復に向けた機能訓練はやるべきだとも思っています。ただ、「何の為に機能訓練をするのか?」「今後どのような生活をしたいからセルフケアの練習をするのか?」などをクライエントと話し合い、目標を共有する必要があると思っています。

目標すなわち作業です。何が出来るようになりたいのか?どのように生きていきたいか?です。同じ機能訓練をしていても、作業が明確かそうでないかでは雲泥の差だと思います。

急性期の時点で確かに答えられないかもしれません。漠然としているかもしれません。元に戻りたいとだけ話されるかもしれません。それも当然だと思います。でも、ご自分の作業に焦点を当てる機会があるかないかでは全然違うと思うんです。その機会が回復期・維持期と繋がっていくんです。

急性期、回復期で作業に焦点を当てた介入をしようとするかどうか。しようとするかどうかが大きな差なのだと思います。

実際、沖縄におられる先輩OTは急性期で作業に焦点を当てた介入をされています。悩みながらもされています。前例はあるんです!

学生さんは目を輝かせて聴いてくれました。今回の実習できっと何かをつかんで帰ってきてくれると信じています。



2012年4月14日土曜日

長期実習

長期実習を控えた4年生に実技練習の依頼を受けて、先日練習会を開いてきました。

希望者のみということだったのですが、ほぼ全員いたのではないでしょうか。皆不安なんですね。その気持ちよくわかります。


依頼されたのはROM-exやストレッチでしたので、実技中心に伝えました。あと僕が必要だと思った、移乗や基本動作の介助方法を伝えました。写真のように皆一生懸命練習し、積極的に質問してくれました。さすが4年生です。

本当に良い子たちばかりです。かわいい子たちばかりです。指導者の皆様どうぞかわいがってやってください。

それにしてもやはり実習前の学生さんが気になるのは身体機能に関する技術なんですね・・・・・。もちろんすごく大切なことだと思っています。練習もしっかりやりました!

見学実習・臨床推論実習(評価実習)を経験してきた4年生の学生皆さんが求めるということは、以前の実習でも求められ、出来なかったという印象で帰ってきたということなのかもしれません。または、長期実習ではこの技術も求められるという印象を抱いているのかもしれません。直前に練習できることといったら実技のことくらいだと思っているだけかもしれませんが。

僕が学生の頃を思い返しても、長期実習前は実技練習を焦ってやっていたように思います(現実逃避している時間が長かったですが・・・)。それは長期実習前までの経験から、介入まで行う長期実習には、身体に触れる技術(機能訓練的要素)が絶対必要だと思っていたからです。実際に身体的なことについて求められるクラスメイトが多かったですから。

何度も言いますが、もちろん身体に触れる技術は必要ですし、知識・技術を持っているにこしたことはありません。

しかし、学生の段階でそんなに必要だとは思っていません。僕が実習指導で意識していたのは、トップダウンとOBPです。これが作業療法の魅力だと思っているからです。

実習とは「作業療法の魅力を肌で感じること」だと思います。一番大切なのは作業療法ってこういうことか!作業に焦点を当てるとはこういうことか!素敵だな♪と思ってもらうことだと思います。

誰も行き先のわからないバスに乗り込んだりしませんよね?行き先がわかればそこに向かって努力して方法を考えられます。学生さんも同じだと思います。目指すべき作業療法の形が見つかれば楽しく努力できると思います。僕がそうでしたから。

4年生の皆さんが「作業療法の魅力」を感じ、目を輝かせて戻ってきてくれることを祈ります。


2012年4月6日金曜日

11年目の入学式

4月3日、新たな勤務先であるYMCA米子医療福祉専門学校の入学式が、季節はずれの強風の中行われた。

教員になって初めての入学式。

この学校で入学式に出席するのが人生で2度目となった。

当たり前だが11年前の入学式の時とは全く見え方が違った。

今年の新入生は緊張しているのか、声が小さく元気がなさそうだなー。あの子は少し心配だなー、マンツーでの介入が必要そうだな。なんてことを考えていた。

11年前は自分のことで精一杯。自分が楽しく過ごす為にはどうするかしか考えていなかったように思う。(学生時代は本当に自己満足な笑いを追及し続け、たくさんの方々にご迷惑をおかけしました。今更ながら反省しております。)

教員になってみて初めてわかる教員の気持ち・責任。

先生方にあらためて感謝。

OTを目指している学生さん全員素晴らしいOTになって欲しい。自分で無理だと諦めずOTになるという夢を叶えて欲しい。学生の可能性を諦めず支援し続けたい。

バイザーをしていた時にも同じ気持ちを実習生に抱いていたが、より強く感じる。

新たな職場で、自分の非力さを痛感する毎日だが、僕に出来ることは臨床の魅力を学生さんに伝え続けることだと思っている。微力だが、この1年に全力を注ぎ突っ走ろうと思う。

僕も教員1年生!新入生の皆さん、共に成長していこうね。



話は変わるがYMCAのOT科教員の方々は、お互いがそれぞれ尊重し合っていて本当に雰囲気が素晴らしい。あまりの居心地の良さとあまりの先生方の優しさに甘えて、長く勤務したいと思ってしまう自分に鞭を打たなければいけないと思うほどだ。

本当に僕は職場に恵まれている。本当に感謝の言葉しかない。

11年目の入学式。第2のOT人生の始まりだ!

2012年3月29日木曜日

仲間+絆=感謝。作業+出逢い=幸福。

ようやく新天地への引越しが落ち着き、ネット環境も整いました。

そこで沖縄での生活(送別会)を振り返りたいと思います。

まず2月13日作業を問う会のメンバーが開いてくれました。わざわざ千葉県から駆けつけてくれたYさん本当にありがとうございました。企画してくれたかわいい後輩のTさん本当にありがとうございました。














写真は我等がヒーローOTレンジャーの皆さんです。

僕は作業を問う会・作業行動研究会で作業療法を学びました。作業療法を語る言葉を学びました。二つの研究会に参加されている皆さんと話すことで僕の作業療法の核は固まっていきました。それを実践することでクライエントから自信をいただきました。

仲間・絆、皆さんとの繋がりは一生物です。本当に感謝しています。

次は2月22日、ごきげんリハビリクリニックの皆さんが開いてくれました。













7年間働かしていただいた職場。

とにかくがむしゃらに働きました。色々と無茶なこともたくさんしましたし、言いました。

それでも見捨てず、暖かく見守ってくれた上司・スタッフの皆さん本当に感謝です。

ひとりひとりが情熱的なスタッフの皆さんと働くことができて僕は本当に幸せでした。僕が目指す職場像を見させてくれました。

そしてたくさんの素敵な利用者さんと出逢わせてくれました。

今日の僕があるのはごきげんがあったからです。間違いないです。














 次は2月24日、元利用者さんが開いてくれました。

開いてくださることだけでも大感動でした。

復職に向けて取り組んだ日々は忘れられません。諦めず、信じてやれば必ず叶うことを教えていただきました。

努力しているところを表に出さない不器用なところが男らしくて本当に素敵な方です。

本当にありがとうございました。

あなたから教わった元気・勇気・やる気・根気!忘れません。

次は2月25日いきがいのまちデイサービスの皆さんが開いてくれました。

デイサービス立ち上げ前から関わらしていただき、たくさんのことを学ばせていただきました。

週に1回しか関われませんでしたが、本当に楽しく充実した日々を送らせていただきました。

本当に理想的な、また革新的なデイサービスです。

たくさんの情熱的なスタッフ・学生さん・ボランティアさんが、利用者中心というぶれることがない軸を持って取り組んでいるデイサービス、僕も目指します。





上の写真は、僕がごきげんで働く最後の日の様子です。

利用者さん皆で坂本九さんの「上を向いて歩こう」を合唱してくれました。

普段歌わない方も歌ってくれていました。

聴いてる間、7年間が走馬灯のように頭を駆け巡りました。もっともっとひとりひとりの利用者さんと作業の可能化に向けて協業したかったなと心底思いました。常に全速力で突っ走り続けようと心に誓いました。

皆は僕が泣いていないと思っていたようですが、泣いてましたよ。ここまでしていただけたら誰でも泣きますよ。

歌っていただいた利用者さん・企画してくれたスタッフ・企画をサポートしてくれたスタッフの皆さん本当にありがとうございました。

次は2月29日、通所リハビリテーションスタッフの皆さんが開いてくれました。

学生の頃からお世話になっている大師匠夫婦もお忙しい中、駆けつけてくれました。

通所リハの皆さんとぶつかりながらまとまっていった7年間のプロセスが、本当に僕を成長させてくれました。

本当にひとりひとりが素晴らしいスキルと情熱を持ち、人間性が優れたスタッフです。ひとりひとりのことを書いていきたいですが、心に留めておきます。

皆さんとずっと働いていたい。心からそう思います。

次は3月1日リハビリスタッフのメンバーが開いてくれました。

実習生から素敵なサプライズプレゼントもあり、本当に素敵な会でした。本当にありがとうございます。

素敵な先輩(特にK先生、先生がおられなければ本当に僕は実習で合格していませんでした。いつもいつも支えてくれてありがとうございます。)、心強い後輩に囲まれて本当に幸せなひと時でした。素晴らしい後輩が育ってくれて本当に安心しました。

本当に皆が愛おしいです。皆大好きです。ずっとずっと繋がっていましょう。

最後は3月2日職場のトップが業務終了後1時間ちょいかかるところまでわざわざご家族で駆けつけてくれました。

本当今まで生意気なことばかり言ってきた僕を優しく見守り、話をしっかり聴いて頂きました。

あなたがいなければ現在の僕もごきげんもなかったと思います。

あなたの謙虚さを忘れません。僕もそんな上司になりたいと思います。

最後に師匠、あなたと出逢い僕の人生は変わりました。師匠と出逢い人生の質が高まりました。人生が彩られました。僕は今、常に幸せです。この幸せを感じられる「作業療法」という作業を与えてくれた師匠にはただただ感謝の言葉しかありません。

幸せをありがとうございます。ずっとずっと繋がって、同じ夢を見られることが幸せです。

僕は最後まで沖縄から離れるという感じがしませんでした。どうしてかなーと考えていたら答えが見えました。

それは、沖縄でたくさんの方に出逢い過ごした日々が、僕の人生にあまりにも大きな影響を与えているので、沖縄がホームのように感じていたからだと思います。鳥取に帰ることはむしろ出張に行く感覚になっていました。

今は皆さんと離れて寂しい感覚に襲われていますが、これからもずっと皆と繋がっていられるように新天地で精一杯頑張ります。

沖縄で働いて本当に良かった!

皆さん本当にありがとうございました。

感謝!

2011年12月19日月曜日

未来への誓い

先日、介護福祉士として働いている地元の友人から電話があった。

最初は、正月に帰省するかどうかの話だったが、途中から仕事の話になった。

書くのも嫌になるくらいひどい上司の話を聞いた。

「利用者さんのことを1匹と呼ぶ」

「歩きたいと話す利用者さんに、歩けるわけがないと話す」  などなど・・・。

書いていても怒りで吐き気がする。

そんな上司の言動で、頭が狂いそうだと話す友人に、あまりの内容に頭が真っ白になった僕は何も言えなかった・・・。

でも、今なら言える。

そんな上司の為に思い悩み、絶望しないで欲しい。

福祉業界に絶望しないで欲しい。

絶対に変えるから!そんな社会を絶対に変えるから!


苦しむ利用者さんを救いたい。

友人のように思い悩んでいる人たちを救いたい。

利用者さんがどこの事業所に行っても質の高いサービスを受けられる社会にする為に、皆がやりがいを持って働ける社会を創るために、僕が出来ることを少しずつやっていこう。仲間の力を借りながら。

このようなことを心に誓った。



2011年12月1日木曜日

物語る背中

Hさんが三線(三味線)を弾いている!!!


当通所リハビリテーションに衝撃が走りました。

Hさんは昔、三線をよく弾いたということで、自宅には高級な三線が飾ってあります。すごく好きだったのだと思います。Hさんも「昔は弾いていたよ。」と話されます。

だから僕達スタッフはHさんにもう1度弾いて欲しいと思い、過去何度も三線を勧めました。しかし、「あんたがやりなさい。」と言うだけで持つこともありませんでした。

寡黙なHさんは、やりたいことを話すわけでもなく、好きだと思われる将棋を挑まれたら指すという過ごし方をずっとされていました。何年でしょう、4.5年経つでしょうか、もっと経つかもしれません。

楽しそうに動かれるのは将棋をしているときと、女性に手を引かれているときですから、僕達のアプローチは将棋が出来る環境を創ることと、女性が関わる時間を増やすこと等でした。

そんなHさんが三線を握った背景には、同じテーブルに座られている利用者さんが貢献していました。

実習生がおそらく何の意図もなくHさんのテーブルで三線を弾こうとしていました。しかし、ちんだみ(調弦)が出来ず、戸惑っていました。10分くらいでしょうか、頑張って1人で挑戦していましたが始めたばかりの素人に出来るわけがありませんでした。

見かねたKさんが学生に「Hさんなら出来るだろうからお願いしなさい。」と話し、Kさんを介してHさんに三線が渡りました。

このような経緯で起こった感動体験でした。

Kさんはすごく自然でした。僕たちは「やって欲しい」という一方的な想いが強く出すぎていたのかもしれません。

やはり当事者同士だからこそのタイミングや空気感があるのだと思います。

ピアサポート(言って良いかどうかわかりませんが・・・)の効果をひしひしと感じました。

このような場面をもっとたくさん増やしていく為にもっともっと考え、努力しようと思います。

数年ぶりに三線を持つHさんの背中、かっこ良かったです!Hさんの歴史を物語っているように感じました。



余談ですが、
僕はHさんが三線を弾いている姿を見て、言葉にならないくらい感動しました。と同時に、その光景をいち早く見つけ、一番感動し喜んでいるRPT(Kさん)の姿に感動しました。

うちのPTは作業の視点をしっかり持っているんです!!!